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バイデンとトランプ:異なる男性像

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バイデンとトランプ:異なる男性像

2016年の大統領選挙は男女間での投票傾向の違いが非常に大きかった選挙でした。出口調査によると、男性は11ポイント差でトランプを選好し、女性は13ポイント差でクリントンに投票しました。投票先の「ジェンダー・ギャップ」は24ポイントになります。

2020年の大統領選挙出口調査では、男性は8ポイント差でトランプに投票し、女性は15ポイント差でバイデンに投票しました。

2016年の選挙ではジェンダーが及ぼした影響は明らかでした。予備選挙単にサンダースを支持していた予備選挙有権者に加え、では「クリントンが嫌い」という候補がサンダースに投票し、総選挙でもクリントンとトランプ両者がともに悪いイメージを持っていた有権者は大きくトランプに傾きました。クリントンは政策や経歴はバイデンと似ていますし(ともに中道左派で上院議員から閣僚入り)、共和党がスキャンダルを擦り付けようとしたり、共和党が健康状態に疑問をつけたり、家族のプライベートでの行動をもとに候補を攻撃しようとしたことも似ています。

バイデンとトランプは、非常に異なる男性像を象徴しています。



ドナルド・トランプ

子育てにあまりかかわらない母親と、自分の息子たちにビジネスを継ぐことを強要した父親に育てられたトランプは、兄がペットを飼いたいと言ったり、パイロットになりたいというだけで父親に罵倒され、謝ると「謝罪は弱者のすることだ」とさらに怒鳴られるのを見て育ちました。

一種の防衛本能からか、兄のように父親に攻撃されるのを避けるために父親を模倣して育ったトランプは、後に父と一緒になって事業を継がずにパイロットになった兄をあざけったりしています。

父親と同じように子供たちが事業を継ぐことを当然と思って育ったトランプは、子供たちの趣味(ドナルドJrは狩りが好みです)などに全く興味を示さず、長男のドナルドJrが軍隊に入りたいと言ったときは、「絶縁するぞ」と脅したそうです

詳しくはトランプの姪が書いた本に書かれてあります。これを読むと、むしろトランプの父親のフレッド・トランプが問題の元凶であったと書かれてあります。

トランプ自身もほとんど自分と両親や兄弟などの関係についてほとんど話したことはありません。母親の写真はホワイトハウスにも飾らず、弟のロバートが昨年死亡した時は、その弟がいかに自分に忠実で、いかにトランプの大統領政権を喜んでいたかばかり話して、弟との思いでなどには一切触れませんでした。

トランプの父親のフレッドは、同情や悲しみなどの感情を見せることは、厳しいビジネスの世界では邪魔な「弱み」だとして子供たちからそれを排除しようとしました。そして、トランプは父親をできるだけ模倣し、いまでも敗北を認めることなどを一切しません。

彼は家族についてはほとんど話しませんが、例外として父親についてインタビューをされると、繰り返し、「彼はタフな人だった」「とてもタフだった」と話します。トランプは父親に一種の敬意と、恐怖をもっているということがわかります。

トランプを支持する人は、権威主義的な志向が強いことがわかっています。 権威主義的な志向を持っているひとは、少数民族、LGBTなどに対して否定的な意見を持つ傾向が強く、自由よりもより厳格な体制を望みます。アメリカではテロとの戦争のためにソーシャルメディアの監視だとか、そういった安全を優先するような考えです。

そして、これらの権威主義的な志向は、例えば「子供にとってより重要なことは独立性か、目上の人への敬意か」「子供にとってより望ましいことは好奇心が強いことか、礼儀正しいことか」と言った質問で間接的にとらえることができます



トランプは立候補した時から、移民や外国がアメリカに雇用や安全保障上の不利益をもたらしていると主張し、予備選挙の時から対立候補のルビオの下品な冗談に対して自分の性器の大きさを自慢したり、他の候補の身長をあざけったりしました。彼は「ただ一人俺だけが問題を解決できる」と宣言し、他の政治家は「弱い」と攻撃しました。これらの特徴はロシアのプーチンやトルコのエルドガンのような権威主義的な政治家の多くに共通しています。

これは、ある意味で、幼少期の多感な時期に「弱さ」を見せるのを許されず、最大の侮辱が「弱さ」を見せることだと信じてきた家族で育てられたことんいよるものでしょう。今となっては診断は不可能ですが、トランプは感情的な虐待を受けた環境で育てられました。

これは、他国、例えば日本でトランプを支持している人が重視する価値観でもあります。トランプへの形容詞として「強い」だとか、一部の日本語のトランプ支持者で彼のことを「親分」だとか「兄貴」だとか通常、政治家にましてや他国の政治家に使われないような表現が頻繁にみられます。

ジョー・バイデン

バイデンは、むしろ逆で、感情を表すことが自分の役目だと思っている政治家です。彼は両親や兄弟との思いでを頻繁に話しますし、よく「親父がこういってた」「母さんはとても勇敢な女性だった」というように家族との思いでを話します。

バイデン家は労働階級の家庭でしたが、夫婦は子供たちに深い愛情をそそぎ、吃音がコンプレックスだったジョーに自信をつけるために苦心しました。妹のヴァレリーによると、母親は子供たちによく「誰もあなたたちより優れていません。だけど、あなたたちも誰よりも優れていないのよ」と話しました

つまり、バイデンは幼少期をトランプよりもずっと恵まれた環境で育ったのです。

妻と娘を失った後はシングルファザーとして再婚するまで二人の子供たちを育てました。家族を失った経験から、自分の体験を共有して悲しみといった弱みを見せることを恐れません。就任式での就任演説では、コロナウイルスで亡くなった40万人のアメリカ人に言及して「乗り越えるためには、彼らのことを覚えなければなりません。時に、思い出すことは辛い。しかし、国として忘れてはなりません」と話しました。これは、家族を失った彼自身の体験からくるものでしょう。



家族を交通事故で喪い、長男も数年前にがんで喪ったバイデンは、家族毎日電話をかけ、孫たちから電話があればインタビューの途中でもかけなおします。これは、フレッド・トランプなら「男らしくない」と攻撃するかもしれません。

家族にどう接するか、何が「男らしい」と思うかは、世代や育った環境、おかれた状況に大きく左右されます。バイデンは彼の世代の政治家としてはとびぬけてジェンダーの平等に関して進歩的な見方をして産休の女性スタッフを昇進させたり、同僚の議員のハラスメントから女性スタッフを守る政治家として知られていました。そして、トランプのような見方をする人が多くいるのは事実です。

Twitterで拡散されて議論を起こしたあるツイートがあります。これは保守系言論人が投稿したツイートで、バイデンが次男のハンターをハグしている画像です。

キスだとかハグだとかには文化的なコンテクストが重要な意味を持ちます。例えばアメリカではハグは普通ですし、フランスなどではほほにキスをする(bisousでビズーと言います)のは普通の挨拶です。なので、日本では少し伝わりにくいかもしれません。

このツイートを投稿した人が言わんとしたことは、成人した息子をハグするのは普通ではないということです。父親が子供に愛情表現をすることは「男らしくない」と考えるひとも多くいるでしょうし、父親から抱き上げてもらったり、手をひいてもらったりしたりしたことがないという人はたくさんいるでしょう。

バイデンは、長男のボーが亡くなってから形見のロザリオを肌身離さず身に着けていますし、毎日仕事が終わるとすぐに電車に乗って片道二時間の通勤を議員時代ずっと続けていた政治家です。彼は人前で涙を流すこともよくあります。

この選挙は、政策や国のビジョンが問われた選挙でしたが、それに加えて「男性像」が問われた選挙でもありました。


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